先日は横浜のアソビルへ、「バンクシー展 天才か反逆者か」を観に行きました。
公式ホームページでは、この展示について以下のように宣伝されています。
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2018年からモスクワ、サンクトペテルブルク、マドリード、リスボン、香港の世界5都市を巡回し、100万人以上の人々を熱狂させた展覧会が日本にやってくる!
イギリスを拠点に活動し、世界で最も注目されているアーティストの一人、バンクシーの70点以上の作品が初上陸。いったい、彼はアーティストなのかビジネスマンなのか、天才なのかそれとも単なる反逆者なのか。是非ともその目でお確かめください。
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今さら説明不要かもしれませんが、Banksy(バンクシー)については、以下のように紹介されています。
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イギリスを拠点に活動する匿名の芸術家。世界中のストリート、壁、橋などを舞台に神出鬼没に活動している。アート・ワールドにおいてバンクシーは、社会問題に根ざした批評的な作品を手がけるアーティストとして評価されている他、テーマパーク、宿泊施設、映画の制作など、その活動は多岐にわたる。バンクシーの代表的な活動スタイルであるステンシル(型版)を使用した独特なグラフィティと、それに添えられるエピグラムは風刺的でダークユーモアに溢れている。その作風は、芸術家と音楽家のコラボレーションが活発なイギリス西部の港湾都市ブリストルのアンダーグラウンド・シーンで育まれた。
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写真撮影可能な展示だったので、以下、展示されていた作品の一部を、写真でご紹介します!
バンクシーのアトリエを再現したと思われる展示。(スマホ等の画面拡大で、画像は拡大できます)
作品を製作する様子を映した映像も。ちなみに、画面右下に「MOCUMENTARY」と表示されていますが、モキュメンタリーとはフィクションをもとに作られる”ドキュメンタリー風”の表現方法のことです。以下の映像でいえば、「あたかもバンクシーの製作風景かのように、ドキュメンタリーチックに作った架空の映像」ということになります。
世界各地で確認された、バンクシーの作品マップ。後述しますが、それらのほとんどは現在その場所にはありません。
展示会場の様子。新型コロナウィルス対策として、現在、チケットの当日窓口販売は行われていません。あらかじめ、ホームページより日にちと時間帯を指定したチケットを購入することが必要です。ご注意を!
良く知られた作品もあれば、初めて見る作品も沢山ありました。表現技法も、ステンシルに限らず、本当に幅広く様々なやり方で作品を作っていることに、あらためて驚きました。
でも、見たことがない作品でも、珍しい技法で作られた作品でも、見る人に(これってバンクシーでは?)と思わせる、バンクシーならではの「組み合わせの妙」が、どの作品の中にも宿っているように感じます。
以下、ランダムに作品の写真を掲載します。
宗教・宗教画(神聖なもの?)と資本主義・消費社会(欲望?)のコラボは、好んで使われるモチーフ。
十字架にかけられたキリスト。手には沢山の買い物袋。
「SALE ENDS TODAY」(本日セール最終日)!
「DESTROY CAPITALISM」(資本主義を破壊せよ)とプリントされたTシャツを買い求めるパンクスの人々。資本主義に反対する一方で、Tシャツを買う=資本主義経済から逃れられないという構造も表していると言えます。
有名な「風船と少女」。
オークションで落札直後、内部に仕掛けられたシュレッダーが作動し、作品の半分以上が裁断されてしまう様子(以下の動画)が報道されていましたね。
国旗掲揚・国歌斉唱するこどもたち?⇒掲げられているのは国旗ではなく、TESCO(イギリスの巨大スーパーマーケットチェーン)のビニール袋!
のどかなもの、無邪気なもの、無垢な子どもたち、楽しい時間 × 国家権力、警察、戦争、戦闘行為 という対照的な組み合わせも好んで使われます。
眠っている間に落書きされる機関車トーマス
以下の作品は、ふたりのおばあさんがのんびりと編み物をしているように見えますが、編んでいるセーターの文字は「パンクは死なず」「一生チンピラ」という過激なもの。そのギャップだけでも単純に面白いですが、世間のおばあさんに対するステレオタイプなイメージ(=やさしい、のんびり、尖っていない)に対する皮肉も込められているのでは?と思います。
犬の散歩中の女の子を職務質問する警官。生真面目に手袋をはめて荷物検査をする様子が、逆に滑稽さを伝えます。
「厄介なのは、警官は言われたことをやっているだけってこと。やつらはいつも、”すまん、これは仕事なんだ”と言いやがる」- バンクシー
女王や政治家といった巨大権力者は、サルに置き換え!!
女王をからかう作品の数々を見ていると、昨年、一時中止に追い込まれた「あいちトリエンナーレ」「表現の不自由展」に象徴されるように、日本の表現の自由がいかに「不自由」かと思ってしまいます。
女王が「SMの女王 」に?
世界で一番、監視カメラの多いイギリス。監視カメラ(CCTV)社会を批判する作品も多いです。
…といいつつも、この展示会場内にも監視カメラはあちこちに備え付けられ、「防犯カメラ作動中」のメッセージが。やはり私たちは監視カメラ社会から逃れられないというメッセージなのか?!
数あるテーマの中で、「戦争」は最大のテーマの一つ。
「世界をより良くしたいと願う人間ほど危険なものはない」- バンクシー
裸で逃げ回る家族に向けられた銃。命中すれば、こどもの頭が吹っ飛ぶ。
こちらは、ベトナム戦争の悲惨さを伝える有名な写真をモチーフにした作品。ナパーム弾から命からがら逃げる裸の少女の手を、こどもたちが大好きなミッキーマウスとドナルド(ロナルド)がにこやかに握る…。この強烈な組み合わせは、今も昔も世界中で戦争の犠牲となる子どもたちの存在を突き付けます。
バンクシーの作品は、「絵」だけでなく絵に添えられた「メッセージ」も、皮肉さを際立たせる重要なアイテムとなっています。例えば以下の作品。
中央には、手紙などの最後に添えられる「Have A Nice Day」(良い一日を)のメッセージが。
こちらは、軍用機の離発着の合図をしているような絵。しかし、掲げたサインボードには「APPLAUSE」(拍手)の文字。テレビの収録現場で(ここで拍手を!)と促すときの看板に持ち替えさせているのです。
バンクシーの表現は、「グラフィティ」と呼ばれるもので、ストリート・アートの一種です。ですが、以下の説明にもあるように、グラフィティは「アート」だけではなく、不条理な社会に対する彼の「抗議」でもあるのです。
プロテスターが投石しているように見えて、手には花束が。
「今は笑うがいい。でも、いずれその責任を負うぞ」
イギリス人であるバンクシーにとって、ビッグベンの前で10年間も反戦平和活動を続けたブライアン・ホウは、尊敬の対象でした。会場には、バンクシーがブライアンに寄贈した作品も展示されていました。
作品名「CND SOLDIERS」(CNDソルジャーズ)
スクリーン・プリント 2005年
作品の音声案内を引用します:
「CNDソルジャーズ」- The Campaign for Nuclear Disarmament Soldiersは、バンクシーが反戦宣言として、イギリスの国会議事堂前に設置したものだ。しかし、この作品はすぐさま当局により撤去され、その場に留まることはなかった。バンクシーがこの作品を製作したとき、平和活動家のブライアン・ホウは、4年連続で英米の軍国主義的な外交政策に対する抗議運動を行っていた。2001年から2011年にかけて、ブライアンは議事堂前の広場で生活し、イギリス全体の平和の象徴となっていた。2011年、ブライアン・ホウは肺がんによりこの世を去った。
バンクシーの作品には、ふたりの兵士の姿があり、まるで血のような赤い塗料でCND(核軍縮キャンペーン)のシンボルマークが描かれている。ひとりが見張りをする中、作業にいそしむもうひとりの兵士。なにかに気を取られ、一瞬その作業の手が止まる。バンクシーのこのステンシル作品は、皮肉に満ちている。兵士たちは平和のシンボルを描いているが、その一方で使っているのは赤い塗料だ。同時に彼らは恐怖の表情を浮かべており、まるで警官に逮捕されるのを怖れているかのようでもある。しかしバンクシーは、さらに深い意味を作品に込めた。兵士たちは、軍司令官や政治家の命令に従わざるを得ない普通の人々だ。兵士にとっての落書きとは、私たちが都市の壁にステンシルで絵を描くのと同じように、戦時下における抗議運動なのだ。
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音声案内の中で、バンクシーが国会議事堂前に設置したものの、当局によってすぐさま撤去された…とあります。ブライアン・ホウの抗議活動を追った映画『ブライアンと仲間たち』の中でも取り上げていますが、ブライアンの抗議活動をやめさせるために制定された「SOCPA法」により、2006年5月23日の深夜、78名もの警官によって、バンクシー作品を含むすべてのバナー、プラカード、裁判関連の書類などが、撤去・押収されてしまったからです!
撤去される20日前、国会議事堂前の様子(撮影:Barbara Tucker)
右端に「CNDソルジャーズ」が見えます!
別の角度からの写真
作品(本物!)のアップ。風雨でキャンバスが汚れています。
2006年5月23日の深夜、大量の警官による強制撤去の様子(撮影:rikki)。
警官が手にしているのは、ティディベアなどのぬいぐるみや看板…。バンクシー作品で描かれる滑稽さは、現実に起こっていることなのです!
警官に抗議をするブライアン。
バナーやプラカードはコンテナに放り投げられ、押収。
深夜に、大量の警官を投入して撤去したことに対する抗議のバナー(撮影:Barbara Tucker)
バナーやプラカードが警察によって奪われたことに対する抗議として、アーティストのMark Wallinger(マーク・ウォリンジャー)は、撤去前の状態を写真をもとに精巧に再現し、「State Britain」という作品としてTate Britain美術館で展示をしました。
Tate Britain美術館(以下、撮影は早川由美子)。”違法”とされて撤去されたもののレプリカを、国立の美術館で公的資金を使って展示をする…。美術館の独立性がすばらしい!
バンクシー作品も再現されています。
風雨にさらされた汚れ・傷みも忠実に再現されています!
マーク・ウォリンジャーはこの作品によって、イギリス現代美術界最高の賞・ターナー賞を受賞しました。
マーク・ウォリンジャーとブライアン(撮影:早川由美子)
ちなみに、Tate Britain美術館に限らず、他の美術館も政府と距離を保ち頑張っています。以下は、2009年にブリストル美術館で開催された、バンクシーの大規模個展のポスター。かなり挑発的なビジュアルです…!(3枚の写真はいずれも今回の「バンクシー展」会場で撮影したもの)
黒人が凄惨な暴力・リンチを受けた挙句、木に吊るされた遺体として発見される…という痛ましいニュースが昔からありますが、こちらのポスターでは白装束のKKK(アメリカの白人至上主義の秘密結社)が木に吊るされています。
ここ最近、ふたたび黒人が木に吊るされた遺体として発見される事件が相次いでいますが、憎悪・復讐の連鎖が断ち切られてほしいと願うばかりです。
…ところで、警察によって押収されたブライアンのディスプレイ一式は、その後どうなったのでしょうか?
ブライアンは、警察による撤去は不当だとして、押収されたものの返還を求める訴訟を起こしました。他にもいくつもの訴訟を抱えていたので、裁判は長引き、判決が出る前にブライアンは亡くなってしまいました。
ブライアンの死後、押収されたものがどこへいくのか注目が集まりました。バンクシーの作品も含まれているので、莫大な資産になります。警察は、ブライアンの遺族へ返還しようとしましたが、これにバーバラが反対しました。「バンクシーは、国会議事堂前の平和活動に対して寄贈したので、遺族ではなく共に活動してきた私たちに返還をすべきだ」、と…。
最終的に、警察はブライアンの遺族へ返還しました。「さらにその後」については、長らく関係者の間でも不明でしたが、2年前、偶然ラジオを聴いていたブライアンの元サポーター・ポールが、その所在を突き止めました。
トレードマークである帽子、バンクシーの作品など、ブライアンの抗議活動用具一式は、遺族の寄贈により、Museum of London(ロンドン美術館)の地下保管室で保存されているのだそうです!
ラジオの情報をもとにポールが検索したら、以下の文書も見つかりました。政治にまつわる短命な収集品(役割を終えたら捨てられるようなチラシやポスター、ビラなど)について、図書館で開催されたセミナーのタイムテーブルのようです。赤枠で囲った部分、ロンドン美術館のVyki Sparkes、Catherine Nightingale、Letty Steerさんらによる、ブライアンの国会前平和活動の収集と保存(に関する報告)とあります。
ちなみに、2017年3月には、イギリスのImperial War Museum(直訳すれば、帝国戦争美術館!)で、「100 years of anti-war protests」(反戦平和運動の100年)という企画展が開催され、ブライアンの遺品が展示されました。
撮影:Paul Wright
展示会に関するThe Guardianの記事(英文)。
今後、ロンドン美術館によって、ブライアンの抗議活動についての、大規模展示などが行われる日が来るかもしれません?! 期待したいと思います。
議事堂前のブライアンを訪れた、彼の息子たち(2007年に撮影)
ちなみに、私はブライアンの抗議活動に、日本で買った着物柄のティディベアを寄贈しました。こちらもロンドン美術館で保管されているのでしょうか?!
2007年に撮影した写真。
着物柄のティディベアがイギリス国会に抗議(^^)!
おまけ:『ブライアンと仲間たち』撮影当時のわたし(うわ、明後日の方向を向いている!^^;)
雨の日の抗議活動
ブライアンに書いてもらった、映画のタイトル「Brian & Company Parliament Square SW1」。これをスキャンして、本編中で使いました。末尾の「SW1」はパーラメント・スクエアの郵便番号です (^^)
さて、大幅に話が脱線しましたが、バンクシー展に戻ります。
バンクシーの作品には、しばしば「ネズミ」が登場します。その意図について(一部、会場の照明が反射して見づらくなってしまいスミマセン):
「地獄へようこそ!」
「I Love LONDON」
そういえば、ゆりかもめ「日の出」駅付近の防潮扉に描かれた、バンクシーらしき作品のモチーフもネズミでしたね! 都所有の防潮扉ということで、防潮扉ごと外され東京都が保管…となり、小池都知事のツイッターとともに物議をかもしていました。
バンクシーの多岐にわたる創作活動の中で、ひときわユニークな作品の一つ:The Walled Off Hotel。2017年3月、バンクシーがベツレヘムに開業したホテルで、イスラエルとパレスチナ地区を分けた防壁に面しています。バンクシー曰く、「世界で最も眺めの悪いホテル」だそう。
文字通り、ホテルは防壁の目の前です!
ポスター下部のキャッチコピー:「歴史あるパレスチナを訪問しよう! イスラエル軍はここが大好きみたいで、まったく帰りたがらないんだヨ!」
ベッドルームの壁面には、Pillow fight(枕投げ)をするパレスチナ人とイスラエル兵の絵が!
2015年に5週間限定でオープンした「Dismaland」(ディズマランド)の様子を伝える展示もありました。子どもたちの夢の国「Disneyland」と、「Dismal」(陰気な)という言葉を掛け合わせたディズマランドは、シンデレラの死体や池に浮かぶ難民船など、ディズニーランドを真逆にひっくり返したような陰鬱なテーマパークです。
カボチャの馬車がひっくり返り、事故死したシンデレラに、フラッシュを浴びせるパパラッチたち。ダイアナ元妃の交通事故を思い起こさせます。
園内の池に浮かぶボートには、難民とみられる人々が。
ボロボロに破壊された警察車両で遊ぶ子どもたち
さて、このブログ記事の冒頭で、バンクシー作品のほとんどは、その場所にはもう存在していないと書きました。当局や競合するストリート・アーティストによって塗りつぶされたり、金もうけのために切り取られたりするため、とても短命なのです。
バンクシー・アートの生と死:
以下の「NO BALL GAMES」(ボール遊び禁止)という作品ががたどった道は…
なんと、ある企業がこの作品をはぎ取り、他のはぎ取ったバンクシー作品と合わせて、「盗まれたバンクシー」と銘打った展覧会を開いたのだとか!
こちらは、映画『パルプ・フィクション』の有名なシーンをモチーフにした作品。手にした銃はバナナに置き換わっています。
この作品がたどった運命は、以下の説明をご覧ください。
展示の最後は…
もちろん、「EXIT THROUGH THE GIFT SHOP」! バンクシーが監督した映画のタイトルでもあります。このタイトルには、美術館の出口にはたいてい売店がある=アートには商業主義がつきものである、という皮肉が込められています。
バンクシー関連の書籍
以上、「バンクシー展 天才か反逆者か」のレポートでした! ご紹介した写真は、展示のごく一部です。ぜひ会場で全ての作品をご覧ください♪